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東京高等裁判所 昭和44年(行ス)9号 決定 1969年8月19日

抗告人 横浜刑務所長

訴訟代理人 斎藤健 外三名

相手方 岡本金市

主文

原決定を取消す。

相手方の本件執行停止申立を却下する。

手続費用は全部相手方の負担とする。

理由

一、本件抗告の趣旨は主文と同旨であり、抗告の理由は別紙「抗告の理由」のとおりである。

二、よつて按ずるに本件記録によれば、相手方は昭和四四年六月三〇日兇器準備集合罪により起訴され、横浜拘置所に勾留されているものであるところ、同年七月二九日横浜地方裁判所内仮拘置監第五房内において、居房窓の金網から直径約二ミリメート

ル、長さ約三センチメートルの針金を折り取り、この針金を使用して同房向つて右側のモルタルセメント壁に、縦約一五センチメートル、横約七センチメートルの文字で「中核」と、また縦約五センチメートル、横約三センチメートルの文字で二ヵ所に右同様「中核」とそれぞれ掘り刻んで落書したため、同年八月八日、右記律違反に対する懲罰として、一五日の軽屏禁、一五日の文書図画閲覧の禁止及び一五日の自弁に係る衣類、臥具著用の停止の処分を受けたこと、相手方は、横浜地方裁判所に対し、昭和四四年八月一三日前記処分の執行停止を申立て(同庁昭和四四年(行ク)第一一号事件)、ついで同年同月一五日本案として右処分の取消等を求める訴を提起したところ(同庁昭和四四年(行ウ)第一六号事件)、同裁判所は、同年同月一六日、前記執行停止申立事件につき、本案判決が確定するまで前記処分の執行を停止する旨の決定をなし、右決定は同日抗告人に送達されたこと、以上の事実が認められる。

三、そこで、本件執行停止の申立の当否を判断するにあたりまず、前記本案訴訟の理由の有無を検討する。

(一)  同訴訟の原告(本件相手方)が前記処分の取消を求める理由の第一は「監獄法第五九条、第六〇条により在監者に懲罰を科する場合、その言渡は監獄法施行規則第一五九条により刑務所長がこれを行うべきものであるにもかかわらず、原告に対する本件懲罰の言渡は刑務所長によつて行われず、横浜刑務所保安課法務事務官看守長松永竹四によりなされたから、前記処分は監獄法施行規則第一五九条に違反するものとして無効である。」というにあり、本件懲罰が前記松永竹四によつて言渡されたことは抗告人(本案被告)もこれを認めるところであるが、監獄法第五九条、第六〇条、監獄法施行規則第一五九条の法意は、懲罰の言渡が刑務所長の責任においてなされれば足り、言渡行為自体は代行を妨げるものではないと解されるところ、本件記録によれば、前記看守長松永竹四は抗告人の命により抗告人の代行者として本件懲罰の言渡をなしたものと認められるから、右言渡手続自体にはなんら瑕疵はない。

(二)同理由の第二は「紀律違反者に対し、監獄法第六〇条所定の懲罰のいかなるものを選択し、またいかなる懲罰を併科するかは被告(本件抗告人)の自由裁量権の範囲に属するが、本件は自由裁量権の著るしい濫用の場合にあたるから被告のなした処分は取消されるべきである。なんとなれば、本件処分の対象となつた紀律違反行為は単なる落書であり、また、原告は受刑者ではなく刑事被告人に過ぎず、しかも再違反をしない旨誓約しているのに対し、本件処分は法に定められた懲罰のうち横浜刑務所において実施されている懲罰としては最も重い軽屏禁に処したうえ、文書図画の閲覧禁止及び自弁に係る衣類臥具の著用禁止をも併科したものであつて、右は人権を侵害する不当に重い処分というべきであるから自由裁量権の濫用にあたる。」というにある。

しかし、監獄法が在監者に対する懲罰を定めている理由、本件記録にあらわれた、本件紀律違反の内容、本件懲罰における不利益処分の内容及びその程度その他諸般の事情を考慮すれば、本件処分は刑務所長の裁量権の正当な範囲内にあると考えられ、裁量権の濫用にはあたらないものというべきである。

(三)  原告は、さらに同理由の第三として本件各処分は憲法その他の法令に違反するから無効であると主張する。

しかし、屏禁はその懲罰の性質上、当然運動及び入浴の停止を随伴するものと解すべきであるから、軽屏禁の執行として原告に運動、入浴をなさしめないからといつてなんら違法のかどはなく、もとより監獄法第三八条、第六〇条第一項第八号、監獄法施行規則第一〇五条但書と抵触することはない。また軽屏禁が憲法第三六条に、文書図画の閲覧禁止の処分が同法第一九条に、自弁に係る衣類臥具の著用の禁止が同法第一三条、第三一条に違反するとの原告の主張も、懲罰が、反則者に反省を促すとともに、他戒による監獄内の紀律保持を目的としていること並びに本件処分により原告が蒙ると予測される精神的肉体的苦痛の程度等を勘案すると、いまだこれを容れる余地はないといわなければならない。

四、そうすると、本件は、行政事件訴訟法第二五条第三項の本案について理由がないとみえるときに該当するから、その他の要件について判断するまでもなく、相手方の本件執行停止申立は不適法として却下を免れない。

よつて、右と結論を異にする原決定を取消し、相手方の本件執行停止の申立を却下することとし、手続費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 古山宏 川添万夫 秋元隆男)

(別紙) 抗告の理由

一、本件の本案における被抗告人の違法主張は理由がないので本件執行停止の申立は却下されるべきである。

本件の本案訴訟で被抗告人が取消を求めている抗告人の懲罰処分は原裁判所に提出した意見書記載のとおり適法になされたもので、被抗告人の違法主張は、いずれも理由がない。

なお、原決定はその理由で、本件懲罰は重すぎるとされるが、その見解は次のとおり事実の一面をみた皮相な見解である。

すなわち、横浜刑務所横浜地方裁判所内仮拘置監においては他にも落書があるから、本件落書に対する懲罰は重いとされる。なるほど他にも落書があることは認められるが、右仮拘置監には多くの刑事被告人が仮に収容され、落書が発見されてもそれが何びとの行為によるものか確定し難い場合が多い。本件は原審に提出した意見書記載のとおり被抗告人が落書したことを看守が現認したので発見され、懲罰に処せられたものである。落書とその行為者が判明するかぎりは、その情状に応じてかならず懲罰を行つているのであつて、その数は意見書で述べているとおり、過去八月間に十七件に及んでいる。したがつて他に落書があつたから、本件懲罰が重いというのは全く理由にならない。

さらに原決定は被抗告人が二度とやらない旨を誓つていることからみて重い旨言及されている。しかしながら右見解は被抗告人が本件落書を正当化しようとしている態度をとつていることを看過しているものである。しかも本件落書は意見書でも述べているとおり金網の針金を折り取り壁に右針金で堀り刻んで書き込んだものであり、簡単に修復できるものではなく、修復には相当の国費を使用せざるを得ない実状にある。これらの事情を考慮した際、本件落書が軽微な規律違反である旨の原決定理由は事実の本質を誤つた皮相な見解といわなければならない。

したがつて、本件本案訴訟に理由がなく、行政事件訴訟法二五条三項後段により却下さるべきである。

二、被抗告人には本件処分により生ずる回復困難な損害は発生しない。

被抗告人は本件懲罰によつて、一室に閉じ込められ、一般人との面会・読書・入浴が禁止され、肉体的・精神的自由が拘束される旨主張される。しかしながら、被抗告人はすでに刑事訴訟法の裁判である勾留決定に基づいて拘置監である横浜刑務所に入所しているものであつて、その肉体的・精神的自由は拘束されているものであり、本件懲罰による自由の制限は公の営造物である刑務所の秩序維持のため己むをえざる最低限のものであつて、本来的な、勾留処分による自由拘束に比べればその制限の程度は、きわめて低いものである。

したがつて、本件懲罰による自由制限に基づく損害は、きわめて微少のものであり、また、かかる自由制限による損害は、回復因難な損害とはいえないことは、すでに数多の判例の示すところである(東京高裁昭和三〇年五月九日決定、行政裁判例集六巻一二号、名古屋高裁昭和四一年二月一六日決定 行政裁判例集一七巻二号)。

したがつて、被抗告人には本件懲罰により生ずる回復困難な損害はなく、また右損害を避ける緊急の必要性もないので、被抗告人の本件執行停止申立は、行政事件訴訟法二五条二項前段の要件を欠き却下されるべきである。

三、本件執行を停止することは公共の福祉に重大な影響を及ぼすものである。

本件懲罰は、被抗告人の落書という規律違反行為について、公の営造物である刑務所の秩序維持のため、この種規律違反行為に対してなされている通常の懲罰に付したものである。横浜刑務所においては昭和四四年八月一六日現在、既決囚一、一三四名・刑事被告人三三二名を収容しており、これらの入所者の秩序を維持することは、刑務所という公の営造物の性格上、もつとも重要な事項である。したがつて、右秩序維持のため重要な機能を営む懲罰の執行が停止されることは、刑務所の秩序維持に重大な影響を及ぼすものである。

したがつて、本件懲罰の執行停止は、公共の福祉に重大なる影響を及ぼすものであり、行政事件訴訟法二五条三項に該当し、許されないものというべきである。

(原決定)

主文

被申立人が昭和四四年八月八日なした申立人に対する懲罰としての一五日の軽屏禁、一五日の文書図画閲覧の禁止、一五日の自弁に係る衣類臥具着用の停止の行政処分は本案判決が確定するまでその執行を停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

理由

一、申立の趣旨および理由の要旨

別紙(二)記載のとおりである。

二、被申立人の意見

別紙(三)記載のとおりである。

三、当裁判所の判断

(一) 疏明によれば、申立人は兇器準備集合罪により昭和四四年六月三〇日起訴され、現在横浜拘置所に勾留されているが、同年七月二九日、右刑事事件の勾留理由開示公判のため横浜地方裁判所に出頭した際、同日午前一〇時二〇分ころ、収容されていた右裁判所内仮拘置監第五房内において居房窓の金網から直径約二ミリメートルの針金を長さ約三センチメートル折り取りこの針金を使用して同房の入口右側のセメント壁三ヶ所に横七センチメートル、縦一五センチメートル位の大きさで「中核」という文字を堀り刻んで落書したため、同年八月八日被申立人は申立人のなした右落書が監獄法第五九条に該当するとして、同法第六〇条第一項第四号、六号、一一号の定めに基づき申立人に主文第一項同旨の懲罰を科し同日執行したことが一応認められる。

(二) 申立人は被申立人の本件懲罰は不当に重い旨主張し、被申立人は、これを争うので検討するに、前記認定の事実によれば、申立人の行為はたしかに、監獄法第五九条の紀律違反に該当するとはいえその程度は比較的軽微である(疏明によれば、同房内には他にも多くの落書の跡が見られるのみならず木人は担当の調べ官に対して二度と落書しないといつている)のに対して、疏明によれば、本件処分のうち軽屏禁という懲罰は、横浜拘置所で実施されているそれの中では、実質上一番重いものである(監獄法第六〇条の中では、七日以内の重屏禁が最も重い懲罰として定めがあるが、これは事実上行われていない)し、軽屏禁に処せられたときには原則として戸外の運動、入浴、弁護人以外との面会がいつさい許されていないことが一応認められる。また右軽屏禁に併加して科せられた文書、図画閲覧の禁止、自弁にかかる衣類臥具着用の禁止という各処分も、申立人の行為に照らしてその範囲を逸脱してないとはただちにいえないというべきである。してみれば、申立人の主張に対する判断は本案訴訟において審理を尽したうえこれをなすべきことは勿論であるが、現段階においては「本案について理由がないとみえるとき」には該当しないものと認めるを相当とする。

(三) 被申立人は回復困難な損害は発生しないと主張する。しかし被申立人のなした本件懲罰の内容はいずれも、申立人に対する直接の精神的、肉体的自由の拘束であることが明らかであるからとうてい原状回復を期待することは困難であり、また、金銭賠償で償うことができるものともいいがたいから、結局、申立人に回復し難い損害の生ずる虞れがあるということも明らかである。

四、結論

よつて、申立人の本件申立を理由があるものとし、申立費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 大島斐雄 田中弘 東條宏)

(別紙(二)) 行政処分の執行停止申請書

申請の趣旨

被申立人が昭和四四年八月八日なした申立人に対する懲罰としての一五日の軽屏禁、一五日の文書図画閲読の禁止、一五日の自弁に係る衣類臥具著用の停止の行政処分は本案確定までその執行を停止する。

申請の理由

一、申立人は兇器準備集合罪により昭和四四年六月三〇日起訴され、現在横浜拘置所に勾留されている。

二、昭和四四年七月二九日、申立人は勾留理由開示公判のため横浜地方裁判所に出頭した際、同地裁内の仮拘置場の壁に、同所内の針金を使用して縦約一五センチ、横約七センチの大きさで「中核」という文字を落書した。

三、昭和四四年八月八日被申立人は申立人のなした右落書が監獄法第五九条に該当するとして、同法第六〇条第一項第四号、六号、一一号の定めに基づき申立人に申請の趣旨記載の懲罰を科し同日執行した。

四、(行政処分の無効)

監獄法第五九条、六〇条により、在監者に懲罰を科する場合、懲罰の言渡は監獄法施行規則第一五条により、所長がこれを行うべきことが義務づけられている。

右懲罰は行政法上の懲罰であつて刑事上の刑罰ではないが、拘禁中の被告人受刑者の自由を拘束するものであるから憲法第三一条にいう刑罰に含まれると解される。従つて、本件懲罰を科するには憲法第三一条にいう法律の定める手続によらなければならない。

思うに、同法施行規則に特に懲罰の言渡は所長がこれを行うべしと規定した趣旨は、懲罰による在監者の拘束は、実質上は刑罰にも比すべき重大な人権に対する規制であるから特に慎重を期し、その処分が違法不当におちいらないように担保する目的で規定されたものである。

しかるに申立人に対する前記懲罰の言渡は、同法施行規則に違反し横浜刑務所保安課法務事務官監守長松永竹四によつてなされた。従つて、本件懲罰は監獄法施行規則第一五九条に違反し無効である。

五、(処分の不当性)

監獄法第六〇条には、懲罰の内容として最も軽い叱責から最も重い七日以内の重屏禁迄一二項目の種類を規定している。けだし法はその適用に当つては紀律違反の軽重に応じ、いやしくも在監者の人権の侵害がなされないよう慎重を期していることがうかがわれる。

本件処分は、同法第六〇条に定める中で最も重い懲罰(同法の中では七日以内の重屏禁が最も重い懲罰として定めがあるが、横浜刑務所にはその施設がないため事実上軽屏禁が最も重い懲罰となつている)である軽屏禁に処したうえ、更に文書、図画閲読の禁止、自弁に係る衣類臥具著用の禁止を併加して処分した。これにより、債権者は一室に閉じこめられたまま弁護人以外のものとの接見は勿論のこと読書も入浴も禁止され、事実上完全な肉体的精神的自由の拘束が課せられているのである。この処分の対象となつた期律違反行為は単なる落書である。右落書行為が一体刑務所内のどのような秩序維持に反するというのであろうか。

申立人は刑事被告人として現在身柄を勾留されているが、勾留されていることは被告人の身柄の確保等特別な必要のある場合のいわば例外的場合であり、刑訴法のたてまえとしては有罪判決の確定までは無罪の推定を受けるものである。右のごとく無罪の推定を受けており身柄の確保のためのみ勾留されている者を、刑務所内の期律維持のためと称して受刑者と同一画一的に扱い、懲罰を科する事自体極めて不当である。

更に落書をした申立人の心情を考えてみるに、申立人はいわゆる確信犯であり、自らの行為に罪悪の意識を全く持つていないうえ、勾留は今回が初めての経験で、勾留中の紀律違反の内容についても熟知しておらず、更に二か月有余の長期の勾留を余儀なくされ、精神的、肉体的にうつ憤のやり場のない状態におかれた人間ならばせめて落書という単純な行為によつてうつ憤を晴らしたくなるのも十分理解できるといわなければならない。その証拠に、我々弁護士がいわゆる落書の現場である地裁内の仮拘置場をみせてもらつたところによると、同房の壁には無数の落書が書いてあつたところからも明らかである。

本人は担当の調べ官に対しても二度と落書をしないと誓つているのであり、且つ、落書は現在凡て消されている状態からみても、なおかつ本人をして刑罰と同視すべき一五日間の前記懲罰に処したことは、明らかに政治的意図による不当な人権侵害と断せざるを得ないのである。この種の事案であれば最も軽い叱責処分程度で十分その目的は達せられたと思うのである。

六、保全の必要性

このため申立人は本件懲罰に対し、その処分の無効とその不当性に対し損害賠償請求を準備中であるが、前述のように現在懲罰の執行を受けているので直ちに右執行を停止して不当な人権侵害を排除すべく本申立に及んだ次第である。

(別紙(三)) 意見の趣旨

本件申立を却下する

申立費用は申立人の負担とする

との裁判を求める。

申立の理由に対する答弁

一、認める。

二、認める。

三、認める。

四、懲罰の言渡を法務事務官松永竹四が行なつたことは認めるが、違法である旨の主張は争う。

五、争う。

六、不知

被申立人の主張

一、本件処分の経緯

(一) 申立人は昭和四四年六月三〇日兇器準備集合罪で起訴され、横浜刑務所に勾留中であつた。

同年七月二九日申立人は横浜地方裁判所の右刑事々件の勾留理由開示公判に出廷するため、同日午前九時四〇分頃右裁判所内仮拘置監第五房に収容された。

ところで、同日午前一〇時二〇分頃申立人が右房内において居房窓の金網から直径約二粍の針金を長さ約三糎折り取りこの針金を使用して同房の入口右側のセメント壁三ヶ所に横七糎・縦一五糎位の大きさで「中核」という文字を堀り刻んで落書し、これを看守に発見されたものである。

(二) 同年八月五日同刑務所拘置区長は申立人から右落書について事情を聴取したところ、申立人は、右行為は司法権力による理由なき長期勾留に対する意思表示であつて落書とは考えていない旨申し立て、<疎明省略>落書したことを正当化し、その非を認めない態度であつた。

(三) そこで、同月七日同刑務所管理部長・保安課長・教育課長等をもつて構成する懲罰審査委員会は申立人の行為を審査し、同月八日被申立人は右委員会の意見を聞いたうえ、監獄法第五九条、第六〇条により申立人を同日から一五日間軽屏禁、文書図画閲読の禁止および自弁にかかる衣類臥具着用の停止の各懲罰を併科する処分を決定し、同日午後二時三〇分頃同刑務所拘置区長松永竹四をして申立人に対して右処分の言渡しをさせたものである、

二、本件懲罰は違法ではない。

申立人は、本件懲罰は監獄法施行規則(以下施行規則と略称する。)第一五九条に違反し、所長が直接言渡さなかつたから違法である旨主張される。

施行規則第一五九条は「懲罰の言渡は所長之をなすべし」と規定しているが、その趣旨とするところは、懲罰権限が、公の営造物である刑務所の長としての刑務所長にあること、懲罰に処する際には所長の責任で当該在監者に言渡(告知)すべきことを規定したものであつて、事実行為としての当該告知行為そのものを直接所長がなすべきことまでを要求したものではない。

すなわち、施行規則には第一五九条同様、刑務所長の職員として規定されている事項がきわめて多数に上つているが、その主なものを列挙すれば次のとおりである。

参観若の調査と心得事項の告知(三条)

情願の裁決の告知(八条)

所長の面接(九条)

入所者の遵守事項等の告知(一九条)

逃走の通報(五六条)

信書の検閲(一三〇条)

領置品某帳の証印(一四〇条)

釈放後の心得の論告(一六七条)

意見の通報(一六九条)

仮出獄による釈放の申渡と証票の交付(一七四条)

検視(一七七条)

ところで、これらの職責行為のすべてを所長自ら一人で処理することは、きわめて小規模の刑務所ならともかく、大規模な刑務所においては不可能である。例えば、横浜刑務所においては、昭和四三年八月一日から同四四年七月三一日までの間における発受信は三九、一八七通に及んでいる。<疎明省略>これらの信書を矯正日的上所長白ら全部検閲することは不可能である。したがつて施行規則第一三〇条に「在監者の発受する信書は所長之を検閲すべし」と規定したのは、所長自ら事実行為としての検閲を行うべきことを定めたものではなく、所長の権限として検閲を行いうることを定めたものであり、その事実行為を部下職員をして担当させることを毫も妨げるものではないというべきである。

また、横浜刑務所における昭和四三年八月一日から同四四年七月三一日までの間における懲罰件数は、一、八八七件に及んでおり<疎明省略>これらの懲罰についてすべてその言渡の事実行為を所長が行なうことは、所長には他にいろいろの重要な職責があることに鑑みれば、不可能であることは自明の理である。

したがつて、施行規則第一五九条は事実行為の言い渡を所長自から行うべきことを定めたものではなく、懲罰の要件である言渡を所長の責任で行うべきことを定めたもので、所長の命令の下にその部下職員にその事実行為を行なわせることを禁ずるものではない。

ところで、横浜刑務所における懲罰の言渡は所長の命により、既決監(懲役監・禁錮監・拘留場)の在監者に対しては、保安課長が拘置監の在監者については、保安課拘置区長が、所長に代つて言渡を行なうこととなつており、本件申立人については、拘置区長である看守長松永竹四が所長の命によりその言渡をしたものであつて、何ら違法ではない。

三、本件懲罰は不当ではない。

申立人は、本件懲罰は不当に重い旨主張される。

しかしながら、本件懲罰は、前述のとおり懲罰審査委員会に附議した上、この種規律違反行為に対する懲罰として、通常処せられている懲罰に処したものであり決して重くはない。

すなわち、落書は、通常居房内の壁、床板、机、食器、貸与本、作業製品等に対して行なわれるが、これら落書に対する懲罰は横浜刑務所においては通常その種類として軽屏禁に処し、文書、図画の閲読の禁止を併科し、さらに、受刑者については、作業賞与金計算高の減削、被告人らについては自弁にかかる衣類臥具の着用停止を併科していた。

<疎明省略>そしてその日数は情状に応じ通常は七日乃至一五日位であつて、作業製品に悪質に落書をして廃品化したような情状が重いときは、二〇日乃至三〇日に及ぶこともあつた。<疎明省略>

ところで、本件申請人は、前述のとおり、居房の金綱の針金を折り取つた上、修復因難な落書きをし、また、その行為について、正当化するなど改悛の情も不十分であるので、一五日の軽屏禁等に処したものである。

落書行為は、在監者の遵守すべき事項(施行規則一九条)として禁止されており、右遵守事項に違反すれば懲罰を受けることがある旨を居房備付の在監者の心得にも明記(施行規則二二条)し、周知させているものである。また、この種行為が、社会的に非難されるべき行為であり甚だしき場合は刑罰の制裁を受けるものであることはいうまでもないことであつて、他の規律違反行為に対する懲罰と比べても決して重いとは言えない。<疎明省略>いわんや、いかなる懲罰を選ぶかは刑務所長の自由裁量であるところ、本件懲罰が右裁量権の濫用に亘り、違法であるとはとうていいえないものである。

四、申立人には回復困難な損害は発生しない。

申立人に処せられた懲罰は、前述のとおり一五日間の軽屏禁、文書図画閲読禁止、自弁衣類臥具着用停止である。軽屏禁とは罰室内に昼夜屏居させる、(監獄法六〇条二項)ことであつて、現実には、通常の独居房を罰室にし、これに屏居させ、通常の在監者と異るのは、屏居であるから房外に出ることができずしたがつて原則として入浴(代りに身体を湯で清拭させる)運動、一般人との面会ができないだけである。

すでに勾留という司法処分によつて自由を制限されている申立人としては、本件懲罰によつて、この程度の自由の制限は、とうてい回復困難な損害とはいいがたく、仮りに違法な懲罰であるとしてもその損害は金銭賠償により償われうるものである。

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